「出身地」とは
まとめ
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「出身地」の権威ある定義は存在しない
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ネットでは国交省の定義として「15歳くらいまで、最も長く住んでいた場所」という定義が広まっているが、ソースが見つからず
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総務省は幹部公務員の略歴公表についての通達で「出身地」を、「原則本籍地所在の都道府県だが本人の自己申告が優先」としている
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国立国語研究所は出身地ではなく、「5歳から15歳まで最も長く住んでいた場所」として「生育地」を定義している
結局はアイデンティティの問題なのだが、中学を卒業する15歳を一応の区切りとするのは納得できる。
出身地とは?
私は兵庫県出身ですが、生まれたのは神奈川県です。
考えてみれば、「出身地」という概念は非常にあいまいです。
親が転勤族で引っ越しを繰り返していた場合など、一か所に決めづらいこともあります。一般的な「出身地」の定義はあるのでしょうか*1
ウィキペディアでの扱い
ウィキペディアでは出身地も記載されていることが多いです。
例えば安倍晋三は東京都新宿区の出身と記載されています。(安倍晋三 - Wikipedia)
また、東京都出身の人物一覧 - Wikipediaのようなページもあります。
ウィキペディアに出身地記載のガイドラインがあるかもと思い調べたのですが、無かったです。(Wikipedia:スタイルマニュアル (人物伝) - Wikipedia)
国交省の定義というネットのうわさ
ネットで検索すると、「国土交通省では、15歳くらいまでに一番長く住んでいた場所 と定義している」というような記述がたくさん出てきました。
たとえば、以下のような記述です。
唯一政府系の調査で使ったと思われる定義は、
国土交通省が首都圏在住者の出身地を調べるときに用いた「15歳くらいまでで最も長く住んでいたところ」というものみたいですけど、
これまた曖昧模糊とした感じですなぁ…。
(※ただし、以上の情報ソースはネットのみです)
(東京都議会議員のブログotokitashun.comより)
本当に国交省が出身地を定義しているのでしょうか?
定義といっても統計調査の調査票(アンケート)の作成のための便宜的な定義に過ぎないでしょう。
まず平成27年度 国土交通白書を見てみても、そのような定義は見つかりませんでした。また、国交省がネットで行っている国土交通行政インターネットモニターの質問をざっと見てみても、出身地を定義したような質問はありませんでした。
この国交省の定義というのをネットでたどっていくと、2チャンネルのレスにたどり着きました。
「高校サッカー情報スレ 3」という2002年に立ったスレでは
884 :__:02/10/13 00:19 id:kKHkKfDk
>>882
出身地というのは生まれた場所の事かな?
885 : :02/10/13 01:32 id:lVT3nAJR
>>884
まあ、だいたい15歳までどこで過ごしたかでってのが出身地http://www.mdb-web.ne.jp/dd/details/0101dd.html#12
”国土交通省”は、全国主要都市圏9圏域の20~74歳の個人11,800人を対象に出身地を明らかにしている。出身地の定義としては、生まれてから15歳くらいの間に最も長く住んだところとしている。
”NHK”は、15歳まで住んでいた県はどこかを調べており、多い順に3県と現在住んでいる県とをクロスでみられる。また、父親、母親の出身県も分かる。
「【あなたは】出身地の定義【何県出身?】」という2004年に立ったスレでは
15 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/09 02:20:36 id:vfBGB2uJ
237: マターリ名無しさん 2001/08/24(Fri) 19:10
隊長!検索してきました!
http://www.mdb-web.ne.jp/dd/details/0101dd.html
> 国土交通省は、全国主要都市圏9圏域の20~74歳の個人11,800人を対象に
> 出身地を明らかにしている。出身地の定義としては、生まれてから
> 15歳くらいの間に最も長く住んだところとしている。
どうやらこれらのレスが発端のようです。しかし、上記二つのレスで張られているリンクはすでにリンク切れでした。残念。
切れてしまったリンク先は、日本能率協会総合研究所が提供しているマーケティング・データ・バンクの記事だったようです。
「【あなたは】出身地の定義【何県出身?】」では2001年のレスが引用されているので、ここで張られたマーケティング・データ・バンクの記事は2001年以前であり、その記事で引用された国交省の調査はさらにそれ以前だということになります。おそらく90年代の相当古い調査でしょう。なので、ネットで探しても見つかりませんでした。
国交省は90年代以前に調査のため便宜上出身地を「15歳くらいの間に最も長く住んだところ」としたのかも知れませんが、国交省が現在もその定義を採用しているとは限りません。現在の国交白書や国交省のアンケート調査票を見てもそのような定義がない以上、現在この定義に公の権威があるとは言えないでしょう。
総務省の定義(?)
出身地に関する他の役所の定義はないのかと探しました。
5年ごとに総務省が行う国勢調査でも出身地は定義されていません。
また、東京都統計局は「都民の出身都道府県別の人口を知りたい。」という質問に対し、「出身地別のデータ資料はありません。」と回答しています。
どうやら「出身地」はあいまいな概念のため、(アイデンティティそれ自体を調査する場合を除き)統計調査に用いるには適当でないようです。
他に何か役所による出身地の定義がないかと探したところ、総務省の通達が見つかりました。
平成19年(2007年)に総務省が各府省の官房長あてに出した「国の行政機関における幹部公務員の略歴の公表の在り方について(通知)」というものです。
国家公務員の幹部の略歴を公表する際に、出身地についてはこのようなことを記述するようにという指示が書かれています。
(3) 出身地
原則として、本籍地の属する都道府県名を出身地とする。ただし、次の場合は、それぞれに定めるものを記載すること。
・ 対象者の出身地の属する都道府県名を各府省において把握している場合は、当該都道府県名
・ 本人が理由を添えて本籍地以外の都道府県名を出身地とすることを申し出た場合は、当該都道府県名
とあり、原則は本籍地となっています。しかし、これは「各府省において把握している場合は~」と但し書きがあるように、いちいち職員が発表のために調べるのが面倒だから、とりあえず何も考えずに本籍地にしておこうという、行政の効率のためです。
なので、出身地を積極的に定義したものではありません。本人が理由を添えて自己申告した場合は本人の主張通りになるのであり、最優先されるのは本人の認識なのです。
国立国語研究所の定義
国交省の定義(とされるもの)も、総務省の通達の規定も「出身地」を現代において一般的に定義するには不十分でした。
それでもあきらめず、なにか権威ある定義はないかと探したところ、国立国語研究所の調査が見つかりました。まあ、国立だし。
国立国語研究所では、現代人の言葉遣いなど日本語について研究しています。
2013年の「首都圏の言語の実態と動向に関する研究 全国若者語調査地図集 」では出身地ではなく、「生育地」を定義し調査しています。
本調査は,当初から地理的分布による分析を念頭に置いているため,調査票では,生育地(本調査では,5歳から15歳まで最も長く住んでいた場所)の回答を,「丁目や番地などの数字の前の部分(以下,大字単位)」まで記入してもらうことにした。
言語の研究が念頭にあるものの、ここで言う「生育地」は「出身地」とおおよそ同じものと考えていいでしょう。国交省の定義とネットで言われている「15歳まで」という部分は共通しています。15歳は中学卒業の歳であり、それまでがアイデンティティ形成において最も重要な期間であるのでしょう。
一方で、国交省の定義とされる「15歳くらいの間に最も長く住んだところ」とは、0歳からカウントするか、5歳からカウントするかと始期が異なります。
国立研究所の「生育地」の定義では個人の発達に着目し、物心がつく以前の乳幼児期を無視しているのに対し、
国交省の「出身地」の定義(とされるもの)では、個人の発達以外に、地縁血縁や出生地という刻印も含めて0歳からカウントを始めていると言えると思います。
ちなみに、この「首都圏の言語の実態と動向に関する研究 全国若者語調査地図集 」では「あげぽよ」や「イーンジャネ?」、「リア充」、「ワンチャン」などの首都圏での定着度合いを調べていて、おもしろいです。*2
再びまとめ
結局、出身地はアイデンティティであり、自分が出身地と考える場所を言えばいいと思います。
ただ、アイデンティティの推定のために、15歳の義務教育修了までに主に過ごした場所を基準とするのは妥当でしょう。
追記
自治医科大学の定義
自治医科大学は地方医療の医師養成のための大学です。形式上は私立大学ですが、実質的には総務省が作った大学です。
この大学では都道府県ごとに入試を行い、出身地に戻って医師として勤めることになります。そうすると、出身地を定義する必要があります。
2010年以前、自治医科大学は出身地を「出身高校の所在地」と定義していました。しかし寮に入るなどして他県の高校へ進学した場合には、その高校の所在地に戻って働くことになるという不都合がありました。
そこで2010年には出身地として
・「入学志願者の出身高校の所在地」
に加え、
・「入学志願者の現住所の所在地」
・「入学志望者の保護者の現住所の所在地」
も認められるようになりました。
自衛隊での扱い
「出身地」が言葉で定義されているわけではないのですが、親の住所、出身高校・大学、本籍地などが重視されているようです。
*1:
出身地に疑問をもったきっかけ
手話(日本手話)を習ったときです。
日本手話では下の図のように出身を訪ねるのですが、下図Aは出産を表現しています。なので、Aの表現の原義を重視して日本語に直訳すると「生まれた場所はどこですか?」となります。
私が日本手話でこの図のようにして質問されたときに、兵庫と答えるか、Aの「生まれ」としての表現を重視して神奈川と答えるか悩んだのです。
(結局神奈川と答えていました。)
*2:「本報告書では,各地図に解説を付けていないが,簡単に結果を概観する。
① 若者語にも地域差が存在する
永瀬(2006)の全国地図でも示されているように,若者語には全国規模で違いのみられるも
のがある。永瀬も言及している 6.1.2.「マクド」や,6.2.4.「セブイレ」は関西のみで使用
され,他地域ではほとんど使用されていない。また,7.1.4.「おこ」のように使用率があま
り高くない項目において,地域差がみられることがある。
東京中心に分布する項目が多いが,これは項目検討が専修大学(神奈川県川崎市)で行
われていることも関係していると思われる。
② 都市の中心部に若者語の分布が集中する
上記①のような全国での差ではなく,地域内でも差がみられる。多くの場合,都市の中
心部と周辺部の間の差である。首都圏の場合には東京都と神奈川県が中心となっている。
1.1.「あげぽよ」は全国的に有名になった若者語だが,大都市中心部に使用者が集中して
おり,周辺部では使用が少ないようにみえる。このことから,若者語の使用が都市の中心
部で早く,周辺部で遅いことが予想される。ただし,都市部の地点密度が高いことによる
見かけ上の地域差の可能性もあり,数量的に検証する必要がある。
また,3.4.3.「オモンナイ」の首都圏での使用や,3.2.3.「ウゼー」の関西圏での使用な
ど,大都市の中心部同士が相互に影響を与えてあっていることが観察される。ただし,生
育地による地図であるため,所属大学や現住地などの影響も考慮しなければならない。
言語使用以外でも,8.4.5.「Facebook」をみると,利用者が中心部で多く周辺部で少ない
傾向がある。このことは新現象の受け入れ時期の違いにも影響すると思われる。
③ 性差のほうが大きい若者語もある
本調査は,地理的分布を重視しているが,当然ながら属性差や個人差が普及の主要因に
なることも多いと思われる。2.16.「携番」をはじめ,携帯電話関連用語では全体では地域
差がわかりにくいが,男女別にみると女性の使用率が男性より高いことがわかる。しかし,
使用率の低い男性の分布をみると②のような都市中心部の分布となっていることがわかる。
つまり普及が遅い男性は,まだ中心部の人しか受け入れていない状態だということになる。
逆に,7.2.1.「ワンチャン」では,使用率の低い女性において分布に差がみられる。
一見して地域差がみられない場合でも,属性ごとの地図を作成することで地域差が見え
ることもありうる。
以上,簡単な概観ではあるが,若者語にも地域差があり,それが普及過程と大きく関係
していることがうかがえる。」