うつ病の原理
昨年の10月24日に放送された、
NHKスペシャル 病の起源 第3集 「うつ病 〜防衛本能がもたらす宿命〜」
を観た。
大脳の内、古皮質や大脳辺縁系と呼ばれる、欲求や本能を司る部位がある。理性を司る大脳新皮質と比べてより原始的な働きを持つ。
その大脳辺縁系の中の扁桃体こそが
うつ病の原因だという論だった。
「扁桃」とはもともとアーモンドの和名で喉の扁桃(いわゆる扁桃腺)もアーモンドに形が似ているから名付けられたわけだが、扁桃体も同様だ。
さて人間ではこの扁桃体の興奮を受けて、副腎からコルチゾールやアドレナリンという一種のストレスホルモンが分泌され、血圧上昇や欠陥の収縮などを行って一時的に運動能力を向上させる。
これは魚でも同じようで、魚も天敵に会うと扁桃体が反応してストレスホルモンを分泌し、体を活性化させて逃げるらしい。
もともとこれは危機回避のための防衛本能だったのだが、危機的状況が継続すると、エネルギーが不足して、脳神経が萎縮すると番組で語られていた。
一ヶ月間天敵と同じ水槽に入れられた魚は出続けるストレスホルモンにより鬱的になり、ほとんど運動しなくなるらしい。
人間の場合だとコルチゾールというストレスホルモンは過剰に分泌されると免疫不全や海馬の萎縮といった害をもたらす。
魚の段階ではこの扁桃体の興奮は、天敵との遭遇という危機的状況に限られていたのだが、哺乳類へと進化すると他の状況でも扁桃体が興奮するようになる。
それが孤独だ。高度に社会性を持った哺乳類は孤独により不安や悲しみを感じ、扁桃体の過剰興奮でうつ病になると語られる。番組では感染病の疑いで集団から切り離されてうつ病となり、ほとんど運動しなくなってしまったチンパンジーが例とされていた。ただ哺乳類は孤独でうつ病になると語られていたが、個的に活動するトラやライオンなどは孤独でうつ病になるのだろうか?
さらに猿人に進化すると、高度に発達した記憶が扁桃を興奮させることになる。記憶といっても、トラウマ的な過去の恐怖体験で、扁桃体が海馬連動することで強烈な記憶となり、思い出すことで何度も扁桃体が興奮し、うつになるらしい。
もちろんこれも本来は強烈に記憶に刻みつけることで再び同じ目に遭わないためのメカニズムだ。
さらに発展して言語を身につけると、自分が体験していなくても、他人から恐怖体験を聞いただけで扁桃が興奮するようになったらしい。
ただ自分の経験した恐怖体験と他人から聞いた恐怖体験は随分とレベルが違うような気もするが、他人の話でも鬱的になる、らしい。
怪談を聞いて忘れられなくなって時々思い出しては怖がるようなものだろうか?
とにかく番組では進化するにつれて
天敵
孤独
記憶
言葉
という四つの要素が扁桃を興奮させ、うつ病に追いやってきたという。
これらは本来は生き残るための防衛本能なのにどうしてうつ病引き起こしてしまうのか、人間は元来うつ病になる運命にある動物なのかという疑問を持つが、どうやらそうではないらしい。
人間はかつてはうつ病を防ぐ仕組みを持っていたのだ。
番組では例としておそらく何千年前とほぼ変わらない暮らしをしているであろう、アフリカのハッザという狩猟民族を見る。
彼らは協力して得た獲物を全員で平等に分配し、食べる。
この平等こそが、扁桃体の過剰興奮、ひいてはうつ病を防ぐ鍵だと語られる。
実際に日本で行った実験では、獲得したお金を他人と分配する際に、自分が、多く取って得をする場合も、少なくとって損をする場合も扁桃体は大きく興奮する一方、ほぼ同額で分け合った場合に最も扁桃体の興奮が小さかったという結果が見られた。自分が得をする場合は全く危機でも恐怖でもないのに扁桃体が興奮するのは全くわけがわからないが、とにかく平等にシェアするというのが最もうつ病から遠いらしい。
原始的な生活を営んでいた、日本でいうと旧石器時代は狩猟した肉を平等に分配していて、うつ病はほぼなかった時代だった。一種の原始共産的な社会とも言えるかもしれない。
狩猟採集から農耕へとシフトすると、農耕は長期的な計画が
必要であり、指導者が生まれ、穀物が貯蓄可能であるために配分の格差や階級の差が生じてくる。こうして人間の平等は崩壊しうつ病が増えた、と番組では語られる。うつ病の起源はメソポタミア文明にある、らしい。
現代においても職種によってうつ病の発症率が違うようだ。医師、弁護士や大工、美容師など専門的技能を持った職種の人は、有る程度自立的に仕事が出来るためうつ病の発症率が低い。対して営業などいわゆるサラリーマン的な非技能職は発症率がかなり高いようだ。階級があり、上司に命令されるのはうつ病を引き起こす。当たり前だが。
営業職のサラリーマンが上司に大変な仕事を押し付けられる、というのも「天敵」や「記憶」「孤独」で扁桃体が興奮するのだろうか?
そこで脳に電極を埋め込み、体のペースメーカーからの電気刺激で扁桃の過剰反応を防ぐ外科的手術であるDBS(脳深部刺激)が紹介される。実際にこの手術を受けた外国人男性は、以前は何もできなかったのに今は子供と遊べるようになったと語る。
他にも朝起きて日光を浴びて運動を行うTLS(生活改善療法)が紹介される。運動は萎縮した脳神経細胞を再生させるらしい。でもまあ規則正しい生活と運動なんて当たり前だけれど。健康的な生活を送ってるうつ病患者なんて見たことないし。
脳に電極を埋め込むDBSが海外最先端の素晴らしい療法みたいに語られていたのが少し怖い。