ウクライナ正教会が独立

あらまし

f:id:koyu42:20190112231924j:imageウクライナ正教会の独立を承認する文書に署名するコンスタンティノープル総主教ヴァルソロメオス一世。右後ろに立つのが新たなウクライナ正教会の総主教となったエピファニウス一世】


冷戦を経てソ連から独立したウクライナは、ロシアによるクリミア併合以来、ロシアと一層激しく対立している状況です。そんな中、ウクライナ正教会ロシア正教会支配下から独立しました。正教会の最高権威である「コンスタンティノープル総主教」が、ウクライナ正教会モスクワ総主教からの独立を承認したのです。反発したモスクワ総主教コンスタンティノープル総主教との関係断絶を発表し、正教会が分裂状態に陥ってしまいました。

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 モスクワ総主教庁の首座聖堂、救世主ハリストス大聖堂】

 

 

正教会とは

 西ローマ帝国の流れを受け継ぐローマカトリックに対し、正教会東ローマ帝国の流れを受け継いでいます。ヨーロッパのほぼ全域を治めた古代ローマ帝国は95年に東ローマ帝国西ローマ帝国に分裂しました。その結果、東西の交流が途絶えたため、キリスト教の教義が東西でどんどんと異なったものとなり、キリスト教会は東西に分裂しました。西のキリスト教ががカトリック(普遍の意)と呼ばれ、東のものがオーソドックス(正統の意)、日本語では正教会と呼ばれます。正教会の最高権威者であるコンスタンティノープル総主教とローマ教皇は、互いの権威をめぐって対立し、1054年にはお互いを破門しあいます。(東西教会の分裂、大シスマ

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【かつてコンスタンティノープル総主教座のおかれたアヤソフィア大聖堂】

 

カトリックは古代から現代に至るまで、ヴァチカンの教皇を頂点とした中央集権的なネットワークを世界中に張り巡らせています。他方、正教会では権力が分散しています。

正教会には、対等な9人の総主教が存在します。

 

まず古代の五大総主教区を引き継いだ4人のの総主教。

1.コンスタンティノープル総主教(🇹🇷トルコ、イスタンブール)

2.アレクサンドリア総主教(🇪🇬エジプト)

3.アンティオキア総主教(🇹🇷トルコ)

4.エルサレム(🇮🇱イスラエル)

 

ただしアンティオキア総主教は名目上アンティオキアとなっていますが、実際にはシリア🇸🇾のダマスクスに所在しています。

なお、古代五大総主教区のうち、ローマ総主教のみ正教会とは別れてローマカトリックを組織しました。

 

次に後代になって成立した総主教が5人。

1.ブルガリア総主教🇧🇬

2.ジョージア総主教🇬🇪

3.セルビア総主教🇷🇸

4.モスクワ総主教🇷🇺

5.ルーマニア総主教🇷🇴

 

以上9人の総主教が正教会で同等の権力を持ちます。

 

ただし、コンスタンティノープル総主教は「全地総主教」と呼ばれ、対等な中でも最も高い権威を持ち、"first among equals"と呼ばれます。

 

ちなみに日本正教会は東京御茶ノ水ニコライ堂に本部がありますが、自治的に運営されているものの、規模が小さいためロシア正教会ポーランド正教会などと違い、完全に独立した教会ではありません。日本正教会の長である府主教は、モスクワ総主教の承認が必要です。

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【現在コンスタンティノープル総主教座の入る聖ゲオルギオス大聖堂】

 

 

ウクライナ正教会とは
2014年にロシアがウクライナのクリミア地域を強硬的に併合して以来、ウクライナはロシアと非常に激しい対立関係にあります。そのウクライナにおける正教会の本部は首都キエフにあります。 

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【新たにウクライナ正教会キエフ総主教座の入る聖ムィハイール黄金ドーム修道院

 

ウクライナ正教会といってもピンと来ませんが、その歴史はキエフ大公国にさかのぼります。10世紀にキエフ大公国の皇帝ウラジーミル1世が、ビザンツ皇帝の娘アンナを妃に迎えました。さらに自ら正教に改宗し、988年に正教会を国教と定めています。キエフはモスクワよりずっと早く、スラブ地域で一番初めにキリスト教正教会)を受け入れているのです。その後キエフ大公国が衰退し、新興のモスクワ大公国ウクライナ地域を併合します。14世紀に「キエフおよび全ルーシの府主教座」がモスクワに移転し、モスクワが「モスクワおよび全ルーシの府主教座」を名乗りました。キエフの歴史を考えれば、新参のモスクワの支配下に置かれたくない気持ちもわかります。

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ウクライナ正教会独立に向けた聖職者会議へ集まった正教徒の人々】

 

 さて、今回コンスタンティノープルから認可を受けたことで、ウクライナ正教会は公式にモスクワと対等な独立正教会となりました。ウクライナは人口4500万を抱える東欧の大国です。国外にいるウクライナ人も含め、ウクライナ正教会は4000万人の信者を有しており、実はこれはロシア正教会に次ぐ勢力です。以前からウクライナの正教徒の大部分はモスクワのコントロール下になかったものの、数字上は独立によりロシア正教会は信者全体の3割とも言われる4000万人もの信者を失います。これによりロシア正教会の権威・影響力の低下は避けられないでしょう。

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【独立を認めないよう説得するために訪れたモスクワ総主教キリル一世(左)とコンスタンティノープル総主教ヴァルソロメウス一世。】

 

 

 ウクライナ正教会独立と、正教会分裂

1991年にウクライナソ連から独立しました。その後モスクワからの宗教的独立を目指し、モスクワ総主教庁から独立した正教会ウクライナで組織されました。当然ながら、モスクワ総主教はこれを承認していません。また、モスクワ総主教庁の勢力もウクライナに残存しています。そのため、ウクライナ国内に総主教が複数存在する状態となっています。

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これまでウクライナ正教会は、独立した正教会としての承認をコンスタンティノープル総主教に求めてきましたが、それは最大勢力であるロシア正教会モスクワ総主教との軋轢を生むため、承認は得られていませんでした。そのため、今年まで教会法において非合法な正教会として存在していました。ところが昨年、事態は動きます。ウクライナ国会の決議を経て同国のポロシェンコ大統領が、コンスタンティノープル総主教ヴァルソロメウス一世に対し、ウクライナ正教会の独立を求めた嘆願書を公式に送りました。これまでのモスクワを尊重した判断とは異なり、なぜ今回コンスタンティノープル総主教が独立を認めたのか。一説には、ロシア正教会によるバルカン諸国への影響力拡大を食い止めるためといわれていますが、実際のところは不明です。

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モスクワ総主教キリル一世とプーチン大統領

 

コンスタンティノープル総主教がウクライナ正教会の独立を承認した、そのやり方も大きな問題です。正教会の最高権威である全地総主教が統べるコンスタンティノープル総主教庁は、ウクライナキエフ大主教の任命権をモスクワ総主教に与えた17世紀の決定を無効であったと宣言することで、独立系のキエフ総主教庁を承認しました。これによって、400年にわたるモスクワ総主教によるウクライナ支配がすべて違法だったこととなってしまいます。さらにコンスタンティノープルは、依然モスクワ総主教の庇護下に残っているウクライナ正教会に大しても、今回独立教会となったウクライナ正教会へ合流することを促しています。

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【新・ウクライナ正教会の長となったキエフ総主教エピファニウス一世】

 

これに対しモスクワ総主教庁は猛反発。ロシア正教会コンスタンティノープル総主教庁から独立した教会です。ロシア正教会の内部組織であるウクライナ正教会の独立を承認する権限は、いかに全地総主教といえどありません。だからこそ17世紀の決定を遡及的に無効とするちゃぶ台返しを行ったわけです。なんとモスクワ総主教庁は、コンスタンティノープル総主教庁との関係を断絶。それに伴い、モスクワ総主教座のもとにある自治正教会である日本正教会も、コンスタンティノープル総主教庁との関係断絶を発表するにいたっています。正教会の分裂に多くの正教徒の方は心を痛めていることでしょう。

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【神戸ハリストス正教会